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[御朱印] 『川口九社詣 勾玉巡り』

『川口九社詣 勾玉巡り』はじまる

川口市内には、大小合わせて35社の神社があるそうです。
まぁ、神社本庁配下の神社のみを数えており、地域持ちのものなどは除外されているとは思われるのですが、まぁ、そのくらいあるそうです。

その中でも中核をなす神社といわれるのが9社あるのだそうです。(主な本務社ということかと思われます。)

その9社を地図上で結ぶと『勾玉』の形となることから、『川口九社詣 勾玉巡り』と称し、御朱印巡りを企画した様です。

この企画、2017年11月10日からスタート。
11月10日… 1110 … 111 0 … 川 口 … おぉ、川口の日ですね。

参加方法

川口神社、鳩ヶ谷氷川神社を除く神社にて専用の御朱印帳を購入。好きな方法で各社をめぐり、御朱印を頂くという流れです。

専用の御朱印帳(『勾玉御朱印帖』)の初穂料は1,200円。
それに各社での御朱印は初穂料300円。(一部、お気持ちでとしている神社もある模様ですが。)

※ 1,200円 + 300円 x 9社 = 3,900円

各社をめぐり、満願となると記念品を頂けるという事になっています。

専用御朱印帳…

この専用御朱印帳…これがちょっと残念。
あらかじめ神社名が印刷されており、実際には神社にてペタンと押印していただくのみ。しかも、御朱印帳の素材がテカテカの紙なおかげでインクを吸わないのなんの。
御朱印を後程に眺めて参拝を思い返すような人にとっては…ちょっと辛いかな?

ただ、考え方を変えると普段、不在がちで御朱印を頂けなかった神社も、この期間なら可能性が跳ね上がるという事。
専用御朱印帳を頂き行動するかどうかは別として、趣味の方はこの時期を逃すのは得策じゃなさそうです。

めぐり方

公式には、めぐり方を2種類用意しているようです。
一つが、勾玉の軌跡をを描くように、順番に神社を巡り、出発した神社(延べ10社目)で満願となる巡り方。
時計回りでも反時計回りでもいいという話になっています。

もう一つが、どのような順番でもいいので、9社を巡りましょうというものです。

「川口九社詣 勾玉巡り」の神社

参加している神社は下記のとおりです。

神社名鎮座地備考
元郷氷川神社〒332-0031 川口市元郷1-30-2
川口神社〒332-0014 川口市金山町6-15※専用御朱印帳、満願記念品取り扱いなし
鎮守氷川神社〒332-0031 川口市青木5-18-48
鳩ケ谷氷川神社〒334-0002 川口市鳩ヶ谷本町1-6-2※専用御朱印帳、満願記念品取り扱いなし
前川神社〒332-0842 川口市前川3-49-1
東沼神社〒333-0816 川口市差間2-15-45
七郷神社〒333-0811 川口市戸塚3-13-6
九重神社〒332-0031 川口市安行原2042
峯ケ岡八幡神社〒332-0031 川口市峯1304

巡るのには埼玉高速鉄道線が便利!という事になっているようですが、これはこのイベント自体の後援に埼玉高速鉄道株式会社が噛んでいるというのがあるんでしょうね。実際問題として、これらの神社をSRを使って巡るのはつらい気がします。どちらかというと国際興業バスを駆使しないと巡るのは困難だと思われます。
どこから巡るのがいいのかという問題はありますが、例えばのモデルケースで考えると…

 

スタート地途中経路目的地
川口駅東口→(バス/峯八幡宮行)→八幡坂→(徒歩)→峯ケ岡八幡神社
峯ケ岡八幡神社→(徒歩)→八幡坂→(バス/川口駅東口行)→末広一丁目→(徒歩)→元郷氷川神社
元郷氷川神社→(徒歩)→川口神社
川口神社→(徒歩)→川口駅東口→(バス/上青木五丁目行)→青木中学校前→(徒歩)→鎮守氷川神社
鎮守氷川神社→(徒歩)→オートレース場裏→(バス/鳩ヶ谷公団住宅行)→鳩ヶ谷本町一丁目→(徒歩)→鳩ケ谷氷川神社
鳩ケ谷氷川神社→(徒歩)→鳩ヶ谷本町一丁目→(バス/川口駅東口行)→上青木交番→(徒歩)→前川神社
前川神社→(徒歩)→地蔵橋→(バス/新井宿駅行)→新井宿駅→(埼玉高速鉄道)→東川口駅/東川口駅南口→(バス/川口駅東口行)→差間北→(徒歩)→東沼神社
東沼神社→(徒歩)→差間北→(バス/東川口駅南口行)→戸塚支所入口→(徒歩)→七郷神社
七郷神社→(徒歩)→戸塚支所→(バス/西川口駅東口行)→安行支所→(徒歩)→九重神社
九重神社→(徒歩)→峯ケ岡八幡神社
峯ケ岡八幡神社→(徒歩)→八幡坂→(バス/川口駅東口行)→川口駅東口

前川神社位までは、なんとか公共交通機関がつながっていきますが、正直言っておすすめできる感じでは全くない。
まぁ、1日で巡る必要は全くないので、適当に切りのいいところで分割すれば…概ね3分割位すれば無理はない感じはしますけど。

車を利用という事であれば、駐車場がなく近隣にコインパーキングなどもない「九重神社」が若干ネックになりますが、それ以外は駐車場完備なので、半日もあれば満願叶うはずです。

[埼玉県川口市] 元郷氷川神社(元郷)

社名元郷氷川神社(もとごうひかわじんじゃ)
所在地
元郷氷川神社

埼玉県川口市元郷1丁目30−2
社格武蔵國四之宮
村社
御祭神祭神
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと):(別名 狭依毘売命)
合祀
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
菅原道眞公(すがわらのみちざねこう)
大山咋命(おおやまくいのみこと)
火産霊命(ほむすびのみこと)
奥津比古命(おくつひこのみこと)
奥津比賣命(おくつひめのみこと)
神紋八雲紋
摂末社
情報源しあわせの宮 元郷氷川神社
訪問記訪問日: 2017/11/26
御朱印あり(初穂料:300円)
由緒書

[千葉県市原市] 大宮神社(五井)

社名大宮神社
所在地
大宮神社

千葉県市原市五井1597
社格村社
御祭神國常立命(くにのとこたちのみこと)
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
大己貴命(おおなむちのみこと)

境内社

菅原道真 – 大宮天神社
月讀命(つきよみのみこと) – 三夜神社
埴山姫命(はにやまひめのみこと) – 鎮地神
武速素戔嗚尊(たけはやすさのをのみこと) – 疱瘡神社
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと) – 三峰神社
道祖神(どうそじん)、八衢彦命(やちまたひこのみこと) – 道睦神
大山祇命(おおやまつみのみこと) – 日枝神社
木之花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと) – 子安神社

神紋五三桐紋
摂末社大杉神社(あんばさま)
祓戸大神
浅間神社(富士塚)
大宮天神社
三夜神社(さんやさま)
鎮地神(ちぢのかみ)
疱瘡神社(ほうそばばさま)
三峰神社(みつみねさま)
道睦神(どうろくじん)
日枝神社(ひえじんじゃ)
子安神社
湯殿山
忠魂碑
情報源
訪問記訪問日: 2017/11/23

駅より徒歩5分ほど。
比較的大きな社地を持つ神社のようです。

一の鳥居をくぐり、進むと立派な社殿。その手前には左右に境内社。
境内社の浅間神社。鳥居の後ろには「富士塚」。登山できるような筋はあるものの、現在は登山禁止となっている模様です。
久しぶりに富士塚を見たなぁ…と、その脇に目を向けると、こっちも珍しい文字。
ちょうど天神社の裏に隠れるように「扶桑教」の文字の刻まれた石碑。扶桑教は富士講から派生した教派神道の一派ですので、まぁ、富士塚と一緒にあるのは不思議ではないけれど。久々に扶桑教の文字を見たような気がする。

駐車場は社殿裏と参道脇に2箇所。

御朱印あり(300円) – 社務所にて
由緒書上総国五井 大宮神社

御由緒

社伝によれば、第十二代・景行天皇の御代、日本武尊が御東征された檻の御創建と伝わる。
社名の「おおみや」とは、かつての広大な境内地に由来する。治承四年(一一八〇年)には
源頼朝が当社に参詣し、奉幣祈願したとの記録がある。また、小田原の北条氏が戦勝祈願
の際に太刀一振りを奉納している。江戸時代には開運・殖産・農業・漁業への守護の御神徳
より近隣二十八ヶ村の総鎮守として庶民の信仰を集めた。
現在では地域の鎮守とともに、京葉臨海工業地帯の各会社の守護神として広く崇敬を集
めている。平成二十五年に二二〇年ぶり(寛政五年以来)の本殿改修をを行い御神威もいよい
よ灼かとなった。

御祭神

國常立命(くにのとこたちのみこと)
生命力が宿る大地を形成した神。国土の永遠性をあらわす神。
天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)
太陽のように光り輝く御神徳で高天原を治める神であり、皇室の御祖先神。日本民族の総氏
神と仰がれている神。
大己貴命(おおなむちのみこと)
一般にだいこくさまと親しまれている神。大国主神(おおくにぬしのかみ)との呼ばれている
国土開拓の神であるとともに、農業・産業の恵を授ける神。

由緒書大宮天神社

祭神 菅原道真

霊験、学問、書道、芸能、技芸
氏子崇敬者の菅原道真公の学徳を
敬仰するもの、もとより後を絶たず。
依って北野天神、太宰府天神、
大阪天神の三天満宮より御分霊を
勧請し奉り、神殿を造立して
大宮天神となす。

[東京都台東区] 上野東照宮(上野公園)

社名東照宮
上野東照宮(うえのとうしょうぐう)
所在地
上野東照宮

東京都台東区上野公園9−88
社格府社
御祭神徳川家康公(とくがわいえやす)(東照大権現)
徳川吉宗公(とくがわ よしむね)
徳川慶喜公(とくがわ よしのぶ)
神紋三ツ葉葵
摂末社栄誉権現社(御狸様)
情報源上野東照宮公式ホームページ
訪問記訪問日: 2017/11/09

ちょっとした用事があり、上野動物園。上野動物園のモノレール乗り場の前付近で、「上野東照宮」の看板を発見。
そういや、だいぶ長いこと詣でてないな。と思い立ち参拝。

公園内にある神社で、東照大権現を祀る神社。
東照大権現は言わずと知れた、江戸幕府の初代 徳川家康公。
各地にある東照宮と同じである。
本社も正式名称は東照宮であるが、各地の東照宮と区別するために地名を冠しているとのこと。

歴史的な物語の人物を祀る神社ではなく、そこには確実に権力者として実在し、その末裔が時代を治めていた人物を祀る神社だけあり、貢がれ納められているものがすごい。特に石灯籠。
立派なだけではなく、競うように納められたのか、数もかなりのもの。

社殿は金を基調とした豪華な作りとなっており、豪奢。
華美すぎず下品にはなっていないと評する人も多いが、個人的には成金趣味に見えていただけない。

内部拝観は有料。初穂料500円。

外から見るのと、中から見るのでは印象が異なる。一度は中から見てみるのが良さそうな印象。
まぁ、二度はいらないかもだけど。

中に入ると境内社もある。狸の神社。語呂合わせであろう「他を抜く」につながることから勝負の神様となっているようだ。

御朱印は社務所にて。300円の初穂料。牡丹の季節などは特別な御朱印となる、また、繁忙期には書き置きになるとの事。

御朱印あり(300円) – 受付は9:30-16:00
由緒書東照宮略記

祭神

徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜

縁起

元和二年二月見舞いのため駿府城にいた藤堂
高虎と天海僧正は危篤の家康公の病床に招かれ
三人一処に末長く魂鎮まるところを造って欲しいと
遺言された。そこで高虎の屋敷地であるこの上野
の山に寛永四年(一六二七年)に本宮を造営した。
その後、将軍家光はこの建物に満足出
来ず慶安四年現在の社殿を造営
替えし、江戸の象徴とした。

由緒書栄誉権現

四国八百八狸の総師。
奉献された大奥で暴れ追放後、大名、旗本、諸家を潰し、大正年間 本宮に奉献された悪行 狸、他を抜く(たぬき) 強運開祖として信仰が厚い

縁起日は五の日

[福島県二本松] 二本松神社

社名二本松神社(にほんまつじんじゃ)
御両社(ごりょうしゃ)
所在地
二本松神社

福島県二本松市本町1丁目61
社格県社
御祭神熊野宮

伊邪那美命(いざなみのみこと)
速玉之男命(はやたまのおのみこと)
事解之男命(ことさかのおのみこと)

八幡宮
品陀和気命(ほむだわけのみこと)
氣長足姫命(おきながたらしひめのみこと)

御三社(境内社)
事代主命(ことしろぬしのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
菅原道真公(すがわらのみちざねこう)

神紋右三つ巴紋
丹羽直違紋
摂末社御三社
稲荷神社(公式Webには記載なし)
情報源二本松神社
訪問記訪問日: 2017/09/03

Webサイトには、旧二本松藩領総鎮守(丹羽候御紋拝領)とある。
ここでいう二本松藩は岩代国の安達郡・信夫郡・安積郡と言った場所で、現在の県北から県中という大きな範囲。その総鎮守である。

ただ、これ。
こう見ると結構根が深いような話にも思われる。
安達郡の総鎮守は現本宮市にある安達太良神社がその役割を果たしており、安達太良神社があるからこそ、地名である本宮が発生したと言われている。が、天和八年に二本松熊野宮(現在の二本松神社)の神官が因縁をつけ、安達太良神社から総鎮守を剥奪したという歴史がある模様。因縁のつけ方も「安達太良神社の祭神は安達太良山の神々ではないので、郡の総鎮守に相応しくない。」的なよくわからない内容。安達太良神社は安達太良の神々を祀ることになっているわけで、その言い分も私にはよくわからない。
まぁ、城下町(武士)と宿場町(商人)の街の関係って、まぁどこもそんなもんなんだろうけど。

旧国道4号線に接して社頭。
大きな鳥居をくぐり、石段を登る。その先に社殿。
特徴は神紋。よく見る右三つ巴紋の他に
丹羽直違紋。もちろん、二本松藩故の紋。

社殿前に並ぶ石灯籠には、熊野宮、八幡宮と彫られており、両社を同一ではなく、ここの神社として扱っている感じが伝わってくる。

御朱印は、社務所にて。
ただし、書き置き。
時期などによっては書いていただけるのかもしれないけれど。

駐車場について。

駐車場の場所は極めてわかりにくい。
旧国道を北上、日夏本店と玉嶋屋の間の路地(左折)に入る。
少々登ると、二本松商工会議所が左手に見える。
二本松商工会議所の接している路地(左折)に入るとすぐにT字路。ここを左折して坂を登ると社務所裏の駐車場に到着する。
さほど大きくない駐車場だし、アプローチ道路も状況が良くない。
運転に自信がない人の場合は、駅付近の有料駐車場を利用したほうが精神的負担は少ないかも。

御朱印あり – 書き置き(300円)
由緒書二本松神社
当社の祭神は、向かって左が品陀和気命(八幡様)、右が伊邪
那美命(熊野様)である。このため、江戸時代には御両社とも称
されていた。
中世・室町時代十五世紀中頃、二本松城主・畠山氏により城
内の白旗ヶ峰に合祀されて以来、近世・江戸時代初頭の会津藩
領をも通じて蒲生・松下・加藤氏らによって崇敬されていた。
寛永二十年(一六四三)二本松藩成立に伴い、十万七百石の初
代二本松藩主として入部した丹羽光重公は一層崇敬し、祭資と
して扶持米八十石、社領二十五石を給するとともに、二本松領
総鎮守社とすることを公達した。まもなく城内・城下整備によ
り、この地(旧栗ヶ柵)に遷宮され、光重公の敬神愛民の精神
から丹羽家の守護神を下座(左)に、領民の守護神を上座(右)に
祀られることになった。
その後、御両社は明和元年(一七六四)に総修復されたが、同
三年の大火で炎上、安永六年(一七七七)に再建されたものの、
寛政六年(一七九四)の大火で再び消失しあt。現在の社殿・拝殿
は文化三年(一八〇六)に隋神門は文化四年に再々建されたもの
のであり、二本松に残るこの期を代表する建造物と言える。
また、十月四・五・六日に秋の例大祭として執行さされる「二
本松提灯祭り」は、七町内から金箔塗りの太鼓台がはやし(県指
定重要無形民俗文化財)もにぎやかに市内を練り歩き、夜は一台
に約三百個の紅提灯を飾り付け、その旬燗豪華さは日本三大提
灯祭りの一つといわれている所以である。二本松観光協会

[東京都文京区] 駒込天祖神社

社名駒込天祖神社(こまごめてんそじんじゃ)
駒込神明宮
所在地
朝日氷川神社

東京都文京区本駒込3-40-1
社格村社
駒込村総鎮守
御祭神天照大御神(あまてらすおおみかみ)

宇迦御魂命 (うかのみたまのみこと) – 鎮火稲荷神社
淤母陀流神(おもだるのかみ) – 榊神社
阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ) – 榊神社
須佐之男命(すさのおのみこと) – 須賀神社
天手力男命(あめのたぢからおのみこと) – 戸隠熱田神社
倭健命(やまとたけるのみこと) – 戸隠熱田神社

神紋花菱紋
摂末社鎮火稲荷神社(ちんかいなりじんじゃ)
三社合祭社(さんしゃごうさいしゃ) – 榊神社(さかきじんじゃ) : 須賀神社(すがじんじゃ) : 戸隠熱田神社(とがくしあつたじんじゃ)
情報源文京区 天祖神社(てんそじんじゃ)
訪問記訪問日: 2017/08/19

駒込駅より徒歩範囲。都道455線より入った場所に鎮座。
ここ、目指してくる様な状況でなければ、存在自体も気がつかなかったかも…。

ちなみに駐車スペースはなく、また路上駐車ができる様な道路上の余裕もありません。
近隣に幾らかのコインパーキングがあるので、車の場合はコインパーキングを利用するのが便利かもしれません。

住宅街の一角、細い路地の入り組んだ地域だけに、ちょっと狭苦しい感じがするけれど、境内に入ってしまうと、いかにも神域という空気が感じられます。

社頭から…まず、社号標を右手に見ながら、神明鳥居をくぐると境内。
境内は木々が茂り、いい雰囲気です。
参道を進むと三社合祭社、稲荷神社。そして、狛犬。
狛犬はなかなかに迫力がある子達。

拝殿横には社務所があり、そこで御朱印がいただけます。
駒込富士神社の御朱印もこちらでいただくことができるので、天祖神社にお参りする前に駒込富士登山をしてからというのもいいでしょう。駒込富士神社までは徒歩でも10分ほど。

御朱印あり(300円) – 社務所にて:書き置きの場合あり
由緒書天祖神社

江戸時代、駒込の氏神として、神明さまと呼ばれ、里人に親しまれてきた。社伝によると、文治5年(1189)源頼朝が奥羽征伐(藤原泰衡追討)の途中、この地に立ち寄り、夢のお告げで、松の枝に大麻(伊勢神宮のおふだ)がかかっているのを見つけた。頼朝は、討伐のよい前触れと喜び、この地に神明(天照大神)を祭ったのが、この神社の起源と言われる。社殿の様式は、神明造り。
大麻のかかっていた大木は、神木として崇められ、さしわたし4尺(12m)もある大木と伝えられている。(『江戸砂子』から)
その後、宮守もなく神木の根元に小さな祠を残すだけとなったが、1650年頃、堀丹後守利直によって再興された。神木は、その後枯れたという。
社殿の裏に、都立駒込病院あたりにあった「鷹匠組」の寄進名が刻まれた石柱が、いまも残る。

ー郷土愛をはぐくむ 文化財ー
東京都文京区教育委員会 昭和63年3月

[埼玉県秩父市] 御嶽普寛神社

社名御嶽普寛神社(おんたけふかんじんじゃ)
所在地
御嶽普寛神社

埼玉県秩父市大滝944
社格単立神社
御祭神
神紋山丸三
摂末社熊野神社
三峯神社
出世稲荷神社
情報源
訪問記訪問日: 2017/05/28

三峰神社よりの帰り道。
目立つ鳥居を発見。参拝しました。

門はキッチリと閉めてありましたが、掲示によると獣害がひどいための措置で参拝者は開けて入っていいとの事。
お言葉に甘えて参拝。

日が悪かったのか社務所は締まっており、お話等を聞くことはできませんでした。
その為、参拝のみ。
谷に向かって社殿が建ち、その向かいに神楽殿。社殿右側に社務所。
御嶽教の目印である「山丸三」の神紋が大きく掲げられていたのが印象的。

境内社の出世稲荷神社は境内ではなく、門の外に隣接して鎮座。
こういうのも境内社と呼んでいいんだろうか。それとも、この関係でも境外社と呼ぶんだろうか。

後に帰ってから調べたところ、この神社は、御嶽教の中では特別な位置にある様で、御嶽教を創設した普寛の墓所四カ所の一つであり、出生地とされているとの事。
普寛と言えば修験道。その位は知っているけれど。よく考えると修験道ってどんなもんなんだろうか。
修験者のイメージ映像は頭に浮かぶけれど、それ以上の知識がないことに今更気が付く。
日本人に生まれながら、日本の事って、知っているようであまり知らないもんなんだなぁ。
こういうことを切っ掛けにでもして、少しでも調べていかないとなぁ。と思わせてくれる訪問であった。

御朱印情報あり(未確認)
由緒書

[埼玉県川口市] 朝日氷川神社

社名朝日氷川神社
所在地
朝日氷川神社

埼玉県川口市朝日1−3−15
社格
御祭神素盞嗚命
櫛稲田姫命
神紋
摂末社・出世稲荷神社
・須賀神社
・大国神社
情報源朝日氷川神社
訪問記訪問日: 2017/05/07
御朱印あり(500円) – 社務所にて
由緒書朝日氷川神社 御由緒
川口市朝日一ー三ー十五
□ 御縁起(歴史)
当社創建は、天正年中(一五七三〜室町末期)に今の地に再建されたと
あり、約五百年間と推定される。『風土記稿』に、樋爪村(二十九日村)・
十二月田村・前田村・二軒在家村の鎮守とあり、現在の十二月田を含む朝
日町全域となっている。鎮座地は樋爪村の西端にあり、氏子が氷川大神を
拝する時は、西方にある芝川を望むがごとくある。現在、社殿裏手の道路
は、かつての芝川堤防跡である。
御祭神は素盞嗚命、櫛稲田姫命の二柱で、神仏分離まで内陣には聖観音
を奉安していた。また、素盞嗚命を「牛頭天王」として祀る須賀神社が合
祀されている。
『明細帳」によると、明治四十年六月十四日、大字十二月田字大坪にあっ
た村社稲荷社、大字二軒在家字稲荷田の無格社稲荷社が当社に合祀されて
いる。内陣にはこの両社いずれかのものと思われる「正一位稲荷五柱太神」
と墨書された神璽と、高さ二十五センチメートルの自然石がある。
本殿は一間社流造りで、銅板葺きの屋根となっている。拝殿内には川口市
青木の氷川神社の随神門にあった左大臣、右大臣が奉安されている。大正
十二年の関東大震災では社殿が倒壊するも、昭和十三年七月二十五日に再建。
その後老朽化した建物すべてを「平成の大造営」と称して再建し、平成十五
年五月、新社殿・社務所が木の香清しく完成となった。
□ 御祭神と御神徳
・素盞嗚命・・・・厄除招福、厄災消除、病気平癒
・櫛稲田姫命・・・安産、子育て、夫婦和合、五穀豊穣
□ 末社
・出世稲荷神社 ・須賀神社 ・大国神社
□ 御祭日
・春祭り(二月二十五日) ・夏祭り(七月十五日前後の土、日)
・例大祭(十月十五日) ・新嘗祭(十一月二十三日)

[静岡県三島市] 三嶋大社

社名三島神社(みしまじんじゃ)
三嶋大社(みしまたいしゃ)
所在地
三嶋大社

静岡県三島市大宮町二丁目1番5号
社格延喜式内(名神大社)
伊豆国一宮
伊豆国総社
官幣大社
別表神社
御祭神三嶋大社 Webサイトによる
大山祇命(おおやまつみのみこと)
積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)
御二柱の神を総じて三嶋大明神(みしまだいみょうじん)と称しています。

静岡縣神社志 による
祭神 正殿一座 玉籤入彦厳之事代神(たまくしいりひこいづのことしろぬしのみこと)
或云、積羽八重事代主命(つみはやゑえことしろぬしのみこと)
或云、都波八重事代主神(つはやゑえことしろぬしのみこと)
相殿四座 阿波神(あはのはみ) 或云、阿波咩命(あはめのみこと)
伊古奈比咩命(いこなひめのみこと) 又御名 三島溝樴姫(みしまみそくひひめのみこと)
一座神名未詳(社傳、物忌奈命(ものいみなのみこと))
一座神名未詳(社傳、大山祇命)

祭神を事代主とする主張は江戸時代後期の平田篤胤によるものであり、割と最近の話である。
江戸期までは大山祇命とされていた。
ただし、近年では伊豆諸島の神、ミシマ(御島)の神(三嶋大明神)であるとする資料も多く見られる。
神紋折敷に三文字紋
五七の桐紋
摂末社
情報源三嶋大社
訪問記訪問日: 2017/05/06

伊豆地域の神社を目指して参拝旅行をする関係で、三島もよく来るには来るけれど。
いつも混雑している三島大社はなかなか訪問する機会もなく。
その昔は仕事の関係でもよく来ていたこともあり、年に数回は詣でていたんだけれど。
かれこれ20年ぶりくらいの訪問。

社頭右側に神社の駐車場(有料)があるので、そこに車を止めて参拝。

崇拝篤い神社だけあって、参拝するたびに感嘆である。
ともかく広い境内で、鹿苑もある。

社頭にある灯篭にある「折敷に三文字」の神紋を確認しつつ、境内へ。
かなり大きな境内で、立派な神池が出迎えてくれます。
そしていたるところに十六八重表菊。
神池をみながら境内を進むと神門、その先には舞殿があり、その真裏に社殿。
社殿もかなりの豪勢さ。

社伝によると、災害により深刻な被害を受けることもあったが、その度に再建してきたという。
しかも迅速な再建で、各地からの信仰の篤さを感じさせる。

ともかく、いつ来ても大勢の人でにぎわっている。
一度でいいから、落ち着いてゆっくり参拝してみたいものだ。

御朱印あり
由緒書

[静岡県南伊豆町] 石室神社(石廊崎)

社名石室神社(いろうじんじゃ、いしむろじんじゃ)
所在地
石室神社

静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎125
社格延喜式内社
伊豆国神階帳「従四位下いわらいの明神」
無格社
御祭神伊波例命(いわれのみこと)
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2017/05/02
御朱印あり(300円) / 御朱印帳あり
由緒書