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[埼玉県三芳町] 羽生山稲荷神社

社名羽生山稲荷神社(はぶやまいなりじんじゃ)
所在地
羽生山稲荷神社

埼玉県入間郡三芳町北永井997
社格
御祭神
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2017/08/12
御朱印
由緒書羽生山稲荷神社

三芳町北永井と大井町亀久保との境界付近、武蔵野の面影を残す平地林(雑木林)が残る県立大井高等学校あたり一帯は羽生山と呼ばれ、その一角に羽生山稲荷神社が祀られている。
稲荷は一般に農耕神として祀られる場合が多いが、この羽生山稲荷は商業神・福神としての性格が強く、商売繁盛・失せ物探しにご利益があるといわれている。参道には朱の鳥居が立ち並び、いくつもの朱旗が奉納されていることから、現在も多くの人々の信仰を集めていることがわかる。
羽生山稲荷が祀られた起源は詳らかではないが、昔、この羽生山にヤマ掃きに来た人がはらみの狐(お腹に子を宿したキツネ)を殺してしまい、祟りがあったので稲荷として祀ったと伝えられ。
以前は小さな石祠だけがヤマ(平地林)の中にひっそりと建っていたという。
また、今では狐の姿を見ることはないが、かつてこの付近に狐が多く生息していたといい、石祠を祀った後に祠の下に狐が巣を作ったこともあったという。後にこの稲荷が信仰を集めるようになり、宮を立てなおす時にも狐が巣を作れる様にと脇に石を積み上げて狐を大事にしたという。現在でもその石積みは狐の巣として注連縄が張られ、榊が添えられていて信仰の対象となっている。
羽生山稲荷の祭礼は、かつては三月になって初めての午の日を祭日としていたが、昭和四十八年頃から三月十日に行れるようになり、この日は神事の他に参詣者に甘酒が振る舞われ、地元北永井地区のはやし達により重松流はやしの奉納も行われる。

平成五年三月

埼玉県
三芳町

[埼玉県朝霞市] 氷川神社

社名氷川神社(ひかわじんじゃ)
所在地
氷川神社

埼玉県朝霞市溝沼6-23-1
社格村社
御祭神
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2017/06/10
御朱印
由緒書氷川神社 御由緒

 

□ 御縁起(歴史)

 

かつては当社を「じるいね様」と呼ぶ古老がしばしばあったように、明治四十一年八月八日までは当社は地類神社と称していた。「風土記稿」溝沼村の項には、その沿革について「地類権現社 除地五畝、村の東にあり、社は一間に一間半、南の向ふ、祭神詳ならず、寛文の頃(一六六一-七三)村民畑を耕すとて、地類権現と彫づけし石を得たり、時の地頭中山勘三郎、此由を聞て社を立てんと思けるに、此地を古より稲荷山と号せしかば、社地のあとならんとて、社地と定め、この権現を勧請せりと云伝ふ、村内泉蔵寺の持」と記しており、創建の経緯をうかがうことができる。一方「郡村誌」では、社名は地類神社、祭神は稲田姫命となっていることから、当社は、豊かな実りをもたらす地霊を祀った社として信仰されていたものと推測される。
現在、当社の本殿の中には、「風土記稿」に伝えられる石はなく、代わりに一七基の金幣が祀られている。地類神社から氷川神社へ改称した際の理由は定かではないが、明治四十年に字泉水の無格社氷川神社など地内の神社八社を合祀したことを契機に、村社にふさわしい社名ということで武蔵一宮に倣ったものであろう。十七基の金幣の各々には社名と元鎮座地の字名が記されているが、その中に地類神社と記したものはなく、代わりに氷川神社と記したものが他より大きいのは、そうした事情を物語るものと推測される。

 

□ 御祭神と御神徳

 

・ 稲田姫命・・・五穀豊穣、厄除け

 

□ 御祭日

 

・元旦祭(一月一日)  ・新年祭(二月初午)
・例大祭(四月十八日) ・新穀祭(十一月二十三日)

[埼玉県志木市] 神明神社

社名神明神社(しんめいじんじゃ)
所在地
<br /> 神明神社

埼玉県志木市柏町5-18
社格
御祭神
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2017/06/10
御朱印
由緒書神明神社

伊勢の皇太神宮を分祀した神社。一般に皇太神宮を分祀したものを神明社と呼び、全国で一万五千社を数えるといわれています。
この神社は、元和二年(一六一六)に山本家が伊勢信仰のために創建したもので、その後文化文政期(十九世紀初頭)に尾崎家が宅地と社を買い受け、明治九年には字大塚へ移譲しましたが、昭和五年頃まで尾崎家で祭典を行っていました。
その後、大正初期の東武鉄道路線工事により、現在地に移設され祀られています。

平成七年一月三十日

志木市教育委員会

[埼玉県秩父市] 柞祖霊社

社名柞祖霊社(ははそそれいしゃ)
所在地
柞祖霊社

埼玉県秩父市番場町2
社格
御祭神
神紋
摂末社秩父神社の兼務社
情報源
訪問記訪問日: 2017/05/28

秩父神社に参拝した時、秩父まつり会館の裏手に鳥居があるのを発見。
道路の向かいだしと、参拝。

由緒書きをみると、近年になって創建された祖霊社とのこと。
建物は移築のようであるが、ぱっと見はかなり新しい新築にしか見えない。

柞の字は当初読めず…由緒書きにあるルビでようやく読めた。
これで「ははそ」と読むようである。

Wikipediaによると

ハハソ…コナラなど、ブナ科コナラ属の総称

とあり、木の種類を表しているとのこと。
由緒書きを見ると、鎮守の杜からの名前であるとあるので、このあたりにはコナラの木が繁茂していたのであろう。

御朱印
由緒書『柞 祖霊社』御鎮座の由来

本社は、ご祭神として幽冥の大神をはじめ、当社の神葬祭をもって奉斎する各ご家庭代々
の御祖達のご分霊を共に招き祀って、末長く鎮め奉る祖霊社として新たに創建されました。
ご社殿につきまいては、信濃国安曇野(現・長野県安曇野市)に鎮座の古社、旧国幣
小社・穂高神社が本年五月九日に斎行された式年造替遷座祭に伴う旧神殿遺構を用材
に譲り受け、そのご神縁を蒙りつつ然るべき改修をほどこして建立したものであります。
なお本社のご社名は、当社の社叢に古く伝わる名称「柞の杜」に鎮座の故であります。
因みに本社ご創建にちきましては、去る平成十七年帰幽の故千嶋文曹翁命が生前に
奉納された建設基金をはじめ、当社大総代、立正佼成会秩父教会ご有志ほか篤志の皆さまによるご浄財あっての成就と、ここに銘記してご芳志のほど衷心より御礼申し上げます。

世々の祖のみかげわするな世々の祖はおのが氏神おのが家の神 本居宣長大人詠歌

吾らが神道におきましては、亡き人びとの御霊を末長く現世に祀りつづけることこそ
後生の安心と心得て、ご遺族をはじめ縁者の方々と共に鎮魂の神祭をご奉仕しております。
幸いに本社の創建が叶いましたからには、各ご家庭それぞれの御霊屋奉斎に併せて、
当本社のご霊前鎮祭をも行く末永くご奉仕いたすことを謹んでお誓い申し上げます。

平成二十一年八月吉日

秩父神社 宮司 園田 稔 謹誌

[静岡県松崎町] 仲神社

社名仲神社
所在地
仲神社

静岡県賀茂郡松崎町那賀64
社格静岡県神社庁神社等級規定 十四等級神社
村社
延喜式内(仲神社:論社)
延喜式内(伊那上神社:論社)
延喜式内(仲大歳神社:論社)
御祭神
神紋
摂末社
情報源仲神社 – 静岡県神社庁
訪問記訪問日: 2017/05/05

所用で松崎町を通過する用事があったので、以前から気になっていた「仲神社」を目指す。
この地域は道が入り組んでいて細い上、生垣などがあったりして見通しも悪い。
迷いに迷って、ようやく探し出した。迷ったおかげでどうやってたどり着いたかすらよくわからない。
たぶんだが、車で向かうのであれば、「那賀生活改善センター」あたりを目標にするとよいと思う。

入り組んだ細い道を進んできた感覚からすると、集落の中にぽかっと空いた空き地的境内。
広くもないが、集落の集会を行ったりお祭りを行うのは事足りそうなサイズである。
境内内には「那賀生活改善センター」があり、近隣住民の集会所等として利用されているようだ。

道路から見ると敷地に斜め方向に立つ白色の明神鳥居。
鳥居に向かって左が「那賀生活改善センター」、右が「拝殿」である。

拝殿は神社建築というより、どちらかというと商家の建物…といった様相。
扉には鍵はかかっておらず、自由に開けて参拝する形式の様です。

ひとまず、扉を開けて参拝。

拝殿内には、静岡の神社らしく等級が掲示されており、本社は静岡県神社庁神社等級規定十一等級とのこと。

御朱印
由緒書

[静岡県松崎町] 若宮八幡宮(船田)

社名若宮八幡宮
所在地
若宮八幡宮

静岡県賀茂郡松崎町船田321
社格
御祭神仁徳天皇
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2017/05/02

山間の船田の集落のほぼ中央に鎮座。
周りには清流が流れ、子供達が水遊びに興じている。
のどかな日本の原風景。
自然豊かで山の木々と小川のせせらぎ。
こういう風景を見るとあこがれてしまう。

集落のほぼ中心線の奥、子供が水遊びに興じる水路の先に神社。

小さな橋を渡り、純白の台輪鳥居をくぐる。

その先には拝殿。
参拝しようと手を掛けるが…拝殿は硬く扉を閉ざしている。
「ここも伊豆方式か!」
伊豆は拝殿脇から階段を上り、覆殿を開けて直接の参拝となることが多い。
ここもその方式かなと拝殿裏に回り、急な石段を登り、集落を見渡せる覆殿まで登る。
心地よい空気を吸いながら登る階段。これまた心が洗われるような気分。

覆殿前で振り返ると、集落を見下ろす絶景。

残念ながら、覆殿も施錠されていたが、扉の格子越しに参拝。

松崎町史資料によると、覆殿は明治二〇年五月の造立、中の本殿は寛政元年二月の造立とのこと。

御朱印
由緒書(境内掲示)若宮八幡宮(わかみやはちまんぐう)
鎮座地 松崎町船田三二一
御祭神 仁徳天皇
例祭日 二月十一日・十一月三日由緒創建は詳らかでないが、現在残る文正二年(一四六七)の棟札からも古い社であることがわかる。
所蔵する棟札は、文正二年以外、天文十一年(一五四二)等八枚あるがその棟札によれば現在の本殿は寛政元年(一七八九)初代石田半兵衛も参加して造営されたもので、覆殿は明治二十年(一八八七)、拝殿については記載の棟札なく不明である。近年まで境内にスギ・ヒノキ・ケヤキの大木があった。