「賀茂郡松崎町」カテゴリーアーカイブ

[静岡県松崎町] 諸石神社(岩地)

社名諸石神社(もろいそじんじゃ)
所在地
諸石神社

静岡県賀茂郡松崎町岩地34
社格村社
御祭神高皇産霊神
神紋
摂末社
情報源諸石神社 | 静岡県神社庁
訪問記訪問日: 2017/01/01

岩地に鎮座。
海岸沿いの道にひっそりと案内板。そこから本当に細い路地を入り進む。
いきなり両部鳥居が現れ社地へ。

拝殿脇から裏に回ると急な階段。
登りきると本殿。

振り返ると綺麗に海が見える。特等席のような場所。
ただ、階段がかなり急。登りはいいが下りはちょっと怖い。

南豆風土誌によると、寛永四年の棟札があるとのこと。

御朱印
由緒書

[静岡県松崎町] 國柱命神社(岩科南側)

社名國柱命神社(くにはしらみことじんじゃ)
神明宮
所在地
國柱命神社

静岡県賀茂郡松崎町岩科南側176-1
社格延喜式内(國柱命神社)
村社
御祭神國柱姫命
小鷹神(小鷹神社)
茂山神(茂山神社)
神紋
摂末社小鷹神社
茂山神社
琴平社
情報源國柱命神社 – 静岡県神社庁
訪問記訪問日: 2017/01/01

松崎町の中心地から国道136号をまっすぐに進む。
長八美術館前の交差点で国道136号は右に折れていくが、気にせずに直進。
県道121号を進み伊豆太陽農協岩科支店まえで右折し宇治橋を渡る。
道が細くこの道でいいのかな?と思いながら道に入る…曲がるとすぐ右側に駐車場。その奥隣の路地というより隙間と表現するような道に入り込み、本当に細い道をひたすら登っていく。地元の車は細路地を車で普通に入っていくが、伊豆の道に慣れてないと前にも後ろにも進めなくなるかもしれない。伊豆の西側地域は非常に軽自動車率が高い。たぶん、こういう道が多いからなのだろう。路地を登り切ると白く大きな両部鳥居が見えてくる。

鳥居の扁額には「神明宮」と記載されている。
だが、実際の社名は國柱命神社(くにはしらみことじんじゃ)らしい。
かなり見晴らしはよく、近隣を一望できるいいロケーション。

南豆風土誌によると、「有建治二年版書」とある。

御朱印
由緒書

[静岡県松崎町] 道部神社(道部)

社名道部神社(みちぶじんじゃ)
所在地
道部神社

静岡県賀茂郡松崎町道部387
社格無格社
静岡県神社庁神社等級(十四等級神社)
御祭神水波能売命(みずはのめのみこと)
神紋
摂末社
情報源道部神社 – 静岡県神社庁
訪問記訪問日: 2017/01/01

R136を松崎から岩地の方に向かう。
長八美術館先の交差点を曲がるとすぐ先に橋。その橋を渡って川沿いに左折。
その先すぐを右折。
神社前には少々の駐車スペースがある。

海辺の平坦な場所から急に駆け上がる山肌。
山の登り始めの場所に鎮座。
海辺であることを忘れさせるような、どちらかというと山奥を感じさせる静寂。

白い明神鳥居をくぐり、階段を上ると社殿。拝殿と覆屋。
拝殿の屋根を見ると龍の絵。仏閣では龍の絵というのは見かける事もあるけれど、神社でこういうのはなかなか見かけない。珍しいなぁ。と思いつつ参拝。

拝殿を覗くと、神社等級認証書が御多分に洩れず掲げてあり、それによると十四等級神社との事。

後に調べてみると、祭りの時期には三番叟が奉納されるとのこと。
伊豆地域はこの三番叟が行われるのが多いらしい。
拝殿を開け広げ、そこで行われるようだ。
時期が時期なので、なかなか気軽に観に行く事もできないんだけれど、一度は見てみたいものだ。

南豆風土誌によると、岩科村道部字横道にある道部神社が当社であると思われる。
創建には「有寛永六年棟札」とあり、寛永六年の棟札があるとされている。

御朱印
由緒書松崎町役場のWebサイトによると

祭神は水波能売命(みずはのめのみこと)。
道部の氏神で、集落の北側、岩科川の河口近くに山を背にして鎮座し社殿境内も整備されている。
毎年、11月3日には獅子舞による村内の浄め、式三番叟を奉納する。

とのこと。

[静岡県松崎町] 天神社(建久寺)

社名天神社(てんじんじゃ)
所在地
天神社

静岡県賀茂郡松崎町建久寺95
社格無格社
御祭神菅原道眞
神紋星梅鉢紋
摂末社
情報源天神社 – 静岡県神社庁
訪問記訪問日: 2016/12/31

曹源山建久寺の北東に隣接、建久寺集落の中心地にこじんまりとして鎮座している。

南豆風土誌の中川村建久寺字西ノ畑にある天神社が当社であると思われる。
祭神は菅原道眞、社格は無格社、創立は不詳ながら天文以降の棟札があるとのこと。ただし、その棟札はのちの火災で失われている。

境内には朱色の両部鳥居。そこを超えると覆殿。
脇には建久寺生活改善センター。公民館のような施設なのかな?

覆殿は扉はしまっていたが世情はされておらず、参拝時に自由に開けられるようになっている模様。
扉を開けて参拝。
中には本殿。資料によると文久元年(1861)九月二五日再興の棟札があるようで約150年の年代物である。

御朱印
由緒書

[静岡県松崎町] 八幡神社(八木山)

社名八幡神社(はちまんじんじゃ)
所在地
八幡神社

静岡県賀茂郡松崎町岩科南側1623
社格無格社
御祭神應神天皇(おうじんてんのう)
神紋
摂末社三峰神社
情報源八幡神社 – 静岡県神社庁松崎町史資料編
訪問記訪問日: 2016/08/26
南伊豆方面に進むために道を走らせる。
途中、一宇の神社。
本当に偶然の出会いで、急いで車を止めて参拝。バス停には八木山公民館の文字。
この地域の小字が八木山なのかな?
そんなことを思いつつ、そのあたりは後で調べるとして…社地は山間部の数少ない平地と斜面をうまく組み合わされている感じ。
古いが近隣の方に大切にされているのでしょう。履き清められた境内は気持ち良い空間になっています。
まぁ、目立つのはそちらというより、立派な両部鳥居、それ以上にその両脇にそびえる巨木も存在感。拝殿は施錠されており…ここも西伊豆方式か?と裏手に回るも覆殿には回れず。
西伊豆地域だと、拝殿は鍵がかかっているけれど、脇から覆殿に回って、本殿を目の前に参拝って大盤振る舞いが多いけれど。
残念ながらここはちょっと違うみたい。
表に回って、拝殿前から参拝。南豆風土誌で調べてみると、岩科村岩科字八木山の八幡神社が当社に該当すると思われる。
祭神は応神天皇、創立年月には寶暦十一年改造とあり、1761年よりも昔からこの地に鎮座しているようだ。松崎町は…合併等に伴って、もともとあった地名、小字をことごとく捨て去ってしまっていて、外来者からすると本当に分かりにくい。ここも昔は八木山だったんだろうけれど、今じゃ「岩科南側(いわしななんそく)」か。
地元の人と話すと今でも小字の地名で読んでいたりするから話が通じなかったりする。

いや、西伊豆町なんかも同じような感じだけれど、例えば、哆胡神社ももともとは合の浦だが、いまや大字に数字だけだ。目の前のバス停のみが小字を残している。でも、地元の人と話をすると、合の浦とか月の浦だとかという地名で話をするから、聞いていて混乱する。
合併というのはいろいろな理由もあるし、便利な事も多いけれど、地名に関しては歴史を捨てる行為に見えて仕方がない。

後に松崎町史資料編を手に入れて確認。

本殿は両扉で八幡宮と若宮八幡宮を合祀しているとのこと。
また造立等は詳らかではないが、記録によると、宝暦十一年(1761)の棟札があるとの事。

御朱印
由緒書

[静岡県松崎町] 嵐稲荷神社(松崎)

社名嵐稲荷神社 (あらしいなりじんじゃ)
所在地
嵐稲荷神社

静岡県賀茂郡松崎町松崎
社格
御祭神
神紋
摂末社
情報源
訪問記訪問日: 2016/08/24

長八美術館の駐車場の奥付近にひっそりと鎮座。
朱色の明神鳥居をくぐると…拝殿も覆殿もなく、石祠が置かれているのみ。
ちょっと不思議な感じ。

御朱印
由緒書250年ほど前までは道部にあった稲荷社だが、宝暦9年(1759)7月17日の洪水のとき、道部と松崎の村境に流れ着いた。
それ以来、「嵐の稲荷」と呼ばれている。
当時、道部村の住民たちは「普通なら海に流れ出るところだったが、まだ道部に未練があったためここにとどまったのだ」と主張。
片や松崎村側では『道部に愛想をつかして流れてきたのだから、松崎でまつるのが当然』と争ったが、結局は両方の村が共同で、流れ着いたその場所にまつることになった、と伝えられている。