社名 | 白山神社 |
所在地 | 白山神社 千葉県市原市五井 |
社格 | – |
御祭神 | 菊理姫命 |
神紋 | – |
摂末社 | – |
情報源 | – |
訪問記 | 訪問日: 2017/11/23 たまたま通りがかり神社を発見。 一見して個人持ちにも見えたけど、コミュニティセンターにあるところからして、地域持ちかな?と覗くと由緒書き。やはり地域持ちのようです。 小さい神社ではあるが、綺麗な状態。 |
御朱印 | – |
由緒書 | 白山神社 当神社は文禄三年大宮山龍善院の別当として創立、祭神は菊理姫命と拝し、また雷難除としても深く白山部落住民の鎮守として崇敬を集め、代々社殿修復と祭事を行い、以来四百年を経過し、社会環境の変化により、平成四年下宿町会の守護神社として引継がれました。 平成十一年四月市原市都市区画整理事業により当地に本殿を移設しました。 平成十一年四月吉日 奉納本殿 外木壽夫 |
「白山神社」カテゴリーアーカイブ
[埼玉県ふじみ野市] 白山神社
社名 | 白山神社(はくさんじんじゃ) |
所在地 | 白山神社 埼玉県上福岡市ふじみ野市川崎 |
社格 | – |
御祭神 | – |
神紋 | – |
摂末社 | 稲荷社 八坂社 水天宮 |
情報源 | – |
訪問記 | 訪問日: 2017/08/19 |
御朱印 | – |
由緒書 | 石鳥居由来記 この石鳥居は古典による所謂住吉型である 明治二十四年東京浅草篠原善次郎氏の寄進に依って建立されたものである 蓋し敬神の誠意の表現であろう 当時地方の神社には石の鳥居は極めて少く春秋の社日参の善男善女は石の鳥居を七つ潜ると七難を免れると云ふ巷間の伝説から参詣人で賑わった 偶々大正十二年九月一日関東大震災は地方一帯を襲ひ一瞬にして鳥居の笠木を落としたので修理した その後地盤の弛み等から危険を感ずるに至ったので昭和四十七年一月社殿と共に修理されたその特鳥居の沓石の下から東京浅草新町武蔵屋善次郎天保十五申辰歳二月吉祥日と記された沓石が発掘されたこの沓石の型態等より考察するに此の鳥居は最初木造を前記同人が寄附し明治二十四年腐朽するに及び再度の寄進が現在の住吉型の石の鳥居であることを創造するに難くない今や国を挙げて古代文化の調査研究の必要が叫ばるるの時沓石が語る篠原善次郎氏の奇篤な行為に感謝し併せて敬神崇祖の美徳を讃じ略記を録し之を後世に伝へむとするものである 昭和四十七年十月十五日 文責上福岡市郷土文化研究会長岸澤忠次 崇拝者一同 敬白 |
[静岡県下田市] 高根神社(落合)
社名 | 高根神社(たかねじんじゃ) 高根白山神社 白山宮・高根宮 |
所在地 | 高根白山神社 静岡県下田市落合276 |
社格 | 村社 |
御祭神 | 白山姫神(南豆風土誌・新南豆風土誌による) 勾大兄廣國押武金日天皇(安閑天皇)(静岡縣神社志による) |
神紋 | – |
摂末社 | – |
情報源 | 高根神社 – 静岡県神社庁 |
訪問記 | 訪問日: 2017/05/05 稲梓駅の目の前、山に張り付くように社殿があり、そこそこ目立つ存在。 この神社、社名がよくわからん。っというところから始まった。 社地は急峻。拝殿から本殿までは階段で登る。これがまた急峻。 本殿まで登り後ろを向くと…綺麗に鉄道の橋梁を拝むことができる感じ。 いずれにしろ、追加資料を探してみないことには詳細は不明。 —– のちに資料を幾つか入手して確認してみた。 (南豆風土誌) (新南豆風土誌) (静岡縣神社志) ◯高根神社は五社あるがその祭神は一定せぬ、味耜高彦根命を祀るは南上村に三社、三濱村に一社ある、而して稻梓村落合高根神社は勾大兄廣國押武金日天皇(安閑天皇)を奉祀する。 静岡縣神社志が昭和16年の資料、南豆風土誌は大正3年の資料、新南豆風土誌は昭和32年。 |
御朱印 | – |
由緒書 | – |
[静岡県伊豆市] 白山神社(八木沢)
社名 | 白山神社(しらやまじんじゃ) |
所在地 | 白山神社 静岡県伊豆市八木沢1785 |
社格 | |
御祭神 | |
神紋 | |
摂末社 | |
情報源 | 白山神社 – 静岡県神社庁 |
訪問記 | 訪問日: 2016/08/24 地図を見て「こんなところに神社があるんだ!」と訪問。 鳥居をくぐると数段の石段、その先に社殿。 特に由緒を示すものはなく、詳細は不明。 |
御朱印 | |
由緒書 |