帳付神社
五百川周辺には「帳付神社」が点在しています。
(書き方によっては、帳付神社だけではなく、帳附神社などと表記しているところもあり。)
それぞれは、小さい社ながらにこれだけあるということは、何かしらのストーリーがあるはず。
でも、ネット上で調べてもまともな情報が出て来ない。
あまりに気になったので、ちょっと図書館で調べもの。
本宮町史 [11] 文化 各論編III
やっぱり、最後は地元資料ですね。
帳付神社は7社ある
資料によると、五百川沿岸に七社祀られおり、鎮座地は、高倉・新居(荒井)・太田(青田)・苗代田・谷地(五百川)・羽瀬石・横川とのこと。
全て旧地名なので、現地名の現在の神社と適合するのかは要調査。
ただ、それらの7社からの分祀であろう神社が他にもあるので、実際にはこれら以外の帳付神社も存在するとは思われます。(少なくとも1宇は確認済み)
ストーリーは?
伝承(「帳付大明神宮記」)によれば…右近衛中将までになった歌人である藤原実方、大納言行成卿と口論となり陸奥国に左遷された。
左遷先は京より大小五百の水を距てた場所である。
流されたのち、実方は病気となり逝去。遺言により横川に祀ったのが始まりであるとのことである。
従者は、横川・苗代田・高倉に宮を建て、天津児屋根の命・五百筒男命・猿田彦命を合わせ祀り、長津気または帳付大明神とした。その後、七宮に分けた。
それにしても京から500番目の川のほとりというと、萩姫伝説を思い浮かべるが、こっちもそうだったんですね。
ただ、「相生集」では「帳付大明神宮記」は誣説だとしていたりもするので、まぁ、もともとはどうだったのかは、それこそ神様のみぞ知るなのかもしれません。
確かに藤原実方は、陸奥守に任じられているけれど、宮城県名取市にて馬に潰されて没したという伝承もあるし墓所もあることから、伝承の間で人名などがすり替えられている…誣説というのはそうなんだろうなぁ。とは思う。そりゃ、『源氏物語』の主人公・光源のモデルがこんな場所で没していて、しかも、もし上がりもなく寂れた神社になっているというのは、ちょっと考えにくいもんなぁ。
今の七社はどこ?
伝承にある七社と、今の神社で対応するのはどこか。
ちょっと見てみると…こんな感じでしょうか。
資料の記載内容を総合するとこんな感じの模様。
地域 | 社名 | 鎮座地 | 備考 |
---|---|---|---|
高倉 | (郡山市日和田町) | 現時点での神社一覧を確認すると、日和田町高倉には「鹿嶋神社」「豊景神社」の2社が存在する。 いずれかになっているか、もしくは合祀されていると思われる。 | |
新居(荒井) | 村社 荒井神社 | 福島県本宮市荒井荒井2 (荒井村字荒井) | |
太田(青田) | 村社 帳付神社 | 福島県本宮市青田金重野地179 (青田村字向田) | |
苗代田 | 村社 苗代田神社 | 福島県本宮市岩根字本郷159 (岩根村ノ内元苗代田字本郷) | |
谷地(五百川) | (本宮町大字仁井田) | ||
羽瀬石 | 石上神社 | 福島県本宮市岩根字小山36 (岩根村ノ内元羽瀬石村字小山) | |
横川 | 帳付神社 | 福島県郡山市熱海町玉川横川24 (郡山市熱海町横川) |
こうなると、郡山市の資料も探さないといけないかなぁ。ただ、エリア的には、旧安達郡域なので、ちゃんと資料に出てるかどうか。