全国遊廓案内によると、沼津には遊廓があったと記述されています。
沼津にはよく行くけれども、それっぽいのは駅前なのかなぁ?なんて想像しながら読み込んでみました。
全国遊廓案内
基本書たる「全国遊廓案内」にはこんな感じに記載されています。
沼津市緑新地遊廓 は静岡縣沼津市緑新地に在つて、東海道線沼津驛で下車すれば西南へ約十六丁、乗合自動車は「千本入口」又は「幸町新地入口」で下車すれば宜しい賃金は十錢である。
沼津は東海道の勝地で、千本松原、静浦、江浦等があり、殊に富士の眺めが宜しく、御用邸の在る所以も茲にあるのだ。舊水野氏の城下で市も仲々繁華で、避暑避寒地として知られて居る。五十三次時代からの宿場であつたが、現在では立派な遊廓になつて居る。
現在貸座敷は六軒あつて娼妓は約六十人居るが、秋田山形縣の女が最も多く、次は本縣及東京府の女である。店は寫眞性と陰店制とあつて、娼妓は居稼き制である。客の廻しは取つて居る。費用は御定り二圓三十錢で廻し部屋で臺は附かぬが、甲は五圓四十錢、本部屋で臺附きだ。勿論両方共一泊が出來る。
妓樓には濃州樓、深本樓、日吉樓、中村樓、花樓、大黒樓等がある。『全国遊廓案内』,日本遊覧社,昭和5. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1453000
沼津市の緑新地なる場所にあると記載されていますが、現代の地図で確認するもこの地名は存在しないようです。どうにかしてこの場所を調べないといけないようです。
ヒントとしては「沼津駅から十六丁」。一丁は109mなので約1.7kmほどの距離という事になります。
また、バス停名の「千本入口」や「幸町新地入口」。
現代の地図を参照すると「幸町新地入口」のバス停は見当たらないけれども「千本入口」は現存するようである。
沼津駅からこのバス停までの距離は約1.6kmほど。記述的にも一致するのでこの辺りなのだろうとアタリが付きます。
沼津の栞 : 附・三島近傍案内
さて、そろそろ本格的に調査という事で。
国会図書館の資料でいろいろ探っていて発見。「沼津の栞」。
沼津遊廓 大正五年十月縣令を以て本町から現在の場所たる松下七反田へ移轉を命ぜられて新しく一廓を為したものである。町から稍や離れた田圃中であるが、風光明媚なる蓋し東海一の名遊廓と稱し得るであらう。仰げば不二の名岳巍然として、其背後に聳え、翠の千本、狩野の清流、さては牛臥の奇勝など眼前に展開して、所謂山紫水明の真ッ只中に軒を並べ、僅かに中村楼、大平屋、日吉屋、美濃屋、花屋、新大黒の六軒に過ぎぬけれど、何れも新築の木の香嬉れしく総べての設備も遺憾なく整ひ小さひながらも、萬事吉原風に拵らえられ、大門潜れば櫻花の紅い柳の緑其時期時機に色を添えるなどなかなかに趣が深い。
平山岩太郎 編『沼津の栞 : 附・三島近傍案内』,蘭契社,大正5. 国立国会図書館デジタルコレクション
こちらには「松下七反田」なる場所に遊廓をなしていたと記載されている。
この地名に関しては、現代の地図にも同様な地名があるようである。ロケーション的には先ほど想定したバス停からも目と鼻の先。
当時の町割りと異なる可能性が高いが、大きくは場所は外していないだろう。
複数の情報から突合出来てきたので、確度はちょっと高くなったかな?といった感触。
さて、さらに突き詰めてみましょう。
最新沼津案内 : 附・三島及附近名勝
先ほどの資料と同じ「蘭契社」から出た「最新沼津案内」には次のような記述も見られます。
◎沼津遊廓 大火前の遊廓は、本町通りに大廈高楼軒を並べて居たが、大正五年十月県令を以て現在の場所たる、町の最南端松下七反田へ移轉を命ぜられて、緑新地と稱へ、新らしく一廓を為したものである、町からは稍離れた所ではあるが、仰げば富岳の秀峯巍然と聳え、翠に績く千本松原狩野の、清流さては、牛臥の奇勝など眼前に展開し、風光の明媚なる事は、蓋し東海一の名遊廓と云ふべきである。貸座敷は花屋、濃州楼、新大黒楼、日吉楼、中村楼、豊玉楼、深本楼の七軒に過ぎんが、萬事吉原風に拵へられて、大門潜ぐれば花の紅柳の緑其時季時季に、色を添へて居る。
清水正修 著『最新沼津案内 : 附・三島及附近名勝』,蘭契社,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション
まぁ、書いてあることはほぼ一緒ではあるけれども、「沼津遊廓」と書き出されているが、通称は「緑新地」と呼ばれていたと記載されています。
全国遊廓案内にある「沼津市緑新地遊廓」とこの新地の遊廓はイコールであるようです。
さてさて、ではより具体的な場所の特定に入りましょうか。
沼津市勢一覽
昭和元年時点での沼津市内地図が国立国会図書館で読むことができます。
こちらの該当箇所を確認。
沼津市勢一覽 : 昭和元年12月現在
沼津市役所 [編]『沼津市勢一覽 : 昭和元年12月現在』,沼津市,[1926]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1910443
「緑新地遊廓」の文字が松下七反田の北側に記載されています。
特徴的な流れの「観音川」、「千本松の首塚」。
そして現代には存在しない鉄道。これは現代では「蛇松新道」になっています。
これだけ要素がそろっていれば、同定も用意ですね。
現代の地図でいう所の「ふれあい沼津ホスピタル」。
住所でいうと、静岡県沼津市市道町8−6附近。
ここが該当場所という事になろうかと思います。
残念ながら、一角がクリアランスされて病院になっているので、残渣は何もなさそうですね…。
静岡県の遊廓跡を歩く
静岡の遊廓調査の際には誰もが手に取る一冊。
こっちも一応確認。
記載としては「千本浜遊廓」と書かれています。
確かに徒歩で数分で千本浜公園というロケーション、現状の場所からも千本浜の防風林に寄り掛かるようにあった遊廓地であることも想像できる場所だけに、この呼び名もまた地域では呼ばれていたのかもしれませんね。
こちらの資料でも「遊廓の建物などもない。」と記載されています。
使用した資料
『全国遊廓案内』,日本遊覧社,昭和5. 国立国会図書館デジタルコレクション
平山岩太郎 編『沼津の栞 : 附・三島近傍案内』,蘭契社,大正51. 国立国会図書館デジタルコレクション
清水正修 著『最新沼津案内 : 附・三島及附近名勝』,蘭契社,大正8. 国立国会図書館デジタルコレクション
沼津市役所 [編]『沼津市勢一覽 : 昭和元年12月現在』,沼津市,[1926]. 国立国会図書館デジタルコレクション



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